こんにちは。
代表の清水 洋です。
ホームページをご覧いただきありがとうございます。
当センターの立ち上げの経緯について、少しお話させてください。
2013年3月
母から電話があった。
脳梗塞で倒れ、長年寝たきり生活を送っていた父が危篤状態とのことだ。
東京で働いていた私はすぐに新幹線で長野に向かった。
病院に駆けつけ、病室に入る前に看護師さんから
「お父さんはもうご自分では話すことができませんが、息子さんの声は聞こえます。話しかけてあげてください。」と言われた。
父は自分でもう話せない程の状態だと知り、今にも亡くなりそうな、力の無い顔を私は想像した。
私は病室に入り、ベッドに寝ている父の顔を見たとき驚いた。
父は凄く力のある目で私を真っ直ぐ見ていたのである。
脳梗塞で倒れてから、父の目はいつも悲しい目をしていた。
様々な感情「絶望」「後悔」「悲しみ」「不安」「妬み」「嫉妬」「怒り」があったと思う。
しかし、父は、死が目前に迫り、そんなのもうどうでも良いと言う領域に達した 吹っ切れた顔になっていた。
私は父に沢山話しかけた。
父は私をじっと見ていた。
私に何かメッセージを送っていたのだと思う。
もし父が最期、話せていたら何と言っただろう・・・
次の日、父は亡くなった。
私はこんなに涙が出るのかというくらい泣いた。
通夜・葬式・葬式後の食事会の時まで泣いていた。
その日の夜、ふと気が付けば、不思議な気持ちになっていた。
霧が晴れた様な気持ちというか 人生の目標が定まったというか
長野市でリハビリ型デイサービスを立ち上げる決心がついていた。
1年6か月後、私は何かに突き動かされる様にこの施設をに立ち上げました。
今になって思えば、十分な脳梗塞のリハビリを受けれなかった父の「無念」が私を突き動かしたのだと思います。
立ち上げ当初、なかなか利用者さんが増えなかった為、用意していたグループレッスンはマンツーマンレッスンとなってしまったが、逆に一つ一つの動きを深堀りして研究ができ、リハビリ技術が上がっていった。
この経験から、リハビリを研究することが好きになり、結果や成果を出すことに快感を覚えてしまった。
当センターのリハビリは、まさに10年やってきたことの結晶であります。
実際に脳梗塞の方々にリハビリや施術をしてみて、その後の反応やご本人の意見や感想を見聞きしながら、考察を重ね作り上げてきたリハビリです。
常に「もっと良いリハビリ方法はないか」という意識を持っている為、休日に家でボーッとしている時に良いリハビリ方法が閃いたりもよくありました。
父が亡くなってから、私はよく閃くようになりました。父が閃かしてくれているんじゃないかと、真剣に思ったりもします。
この10年間振り返ってみれば、リハビリの研究に没頭した10年でした。
父にもこのリハビリをしてあげたかった。
その父も今はいません。